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東京地方裁判所 平成5年(ワ)6067号 判決

原告

日立クレジット株式会社

右代表者代表取締役

花房正義

右訴訟代理人弁護士

市川直介

被告

中村研一

右訴訟代理人弁護士

平山隆英

主文

一  被告は、原告に対し、金四九八万九六〇〇円及びこれに対する平成五年二月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項と同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、平成三年七月八日、渡辺コーポレーションこと渡辺博之(以下「本件販売店」という。)から、トヨタクラウン一台(以下「本件車両」という。)を購入するため、訴外株式会社東海銀行(以下「融資会社」という。)から左記の約定に基づき、金銭を借り受けた(以下「本件金銭消費貸借契約」という。)。

(1) 融資金額(分割支払金合計額)

六八〇万七三〇〇円

(2) 内訳

原告の代理受領額 五五一万二〇〇〇円

支払利息 一二九万五三〇〇円

(3) 分割支払金

第一回目 一一万六七〇〇円

第二回目以降 一一万三四〇〇円

(4) 支払日・支払回数

毎月七日・六〇回

(5)支払期間

平成三年八月から同八年七月まで(当初、平成三年七月からとされたが、被告の要望で同年八月からと改定された)。

2  右同日、被告は、原告に対し、本件金銭消費貸借契約に基づく債務の履行につき、左記約定による連帯保証を委託し(以下「本件保証委託契約」という。)、原告は右融資会社に対して連帯保証をした。

(1) 求償債務

被告が1の借入金の支払を遅延し、原告から二〇日以上の相当期間を定め催告されたにもかかわらず、その期間内に支払わなかったときは、被告は原告に対し求償債務金全額を支払う。

(2) 遅延損害金 年六パーセント

3  被告は、平成四年一二月七日、1の分割支払金の支払を怠ったので、原告は、被告に対し、平成五年一月一三日到達の内容証明郵便により、二〇日間の期間を定めて遅延分二二万九一八二円の支払を催告したが、その期間内に支払がなかった。

4  よって、原告は、被告に対し、本件保証委託契約に基づく求償金四九八万九六〇〇円及びこれに対する期限の利益喪失の日の翌日である平成五年二月三日から支払済みまで約定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因3の事実中内容証明郵便が到達したことは認めるが、その余の事実は否認する。

三  被告の主張

1  (本件の経緯)

被告は、平成三年五月末か六月初頃、高校時代の友人太田恭一(以下「太田」という。)とその知人の南原(以下「南原」という。)から「自動車購入について名前を貸して欲しい、絶対に迷惑をかけない。」との要請を受け、一旦断ったものの、後日、太田から「自動車購入についての手続きが進行し、中村さん名義で購入できることになった。信販会社から連絡があった場合は、よろしく返答して欲しい。ローンの支払は責任を持って行う。」旨の連絡を受け、その言を信頼して、その翌日頃、原告からの電話による確認に応じた。その後、原告から本件販売店に自動車販売代金名下に五一〇万円が入金され、太田は平成三年七月頃、そのうちの三五〇万円を南原から受領した。

2  (架空取引)

右1のとおり、本件販売店が被告に対して販売したと主張する本件車両に関する売買(以下「本件売買契約」という。)は、目的車両及びその引渡しの存在しない架空のものであり、無効である。

よって、本件売買契約と一体不可分の関係にある本件金銭消費貸借契約及び本件保証委託契約(以下まとめて「本件立替払契約」という。)もまた無効である。

3  (虚偽表示)

被告は、本件販売店から本件車両を購入する意思は全くなく、右販売店もそのことを熟知していたのであるから、通謀虚偽表示により本件売買契約は無効である。そして、原告と本件販売店との間には経済的相互依存性が認められるから、原告は民法九四条二項の「第三者」には当たらず、本件売買契約は原告との関係でも無効である。

よって、本件売買契約と一体不可分の関係にある本件立替払契約もまた原告との関係でも無効である。

4  (支払停止の抗弁)

被告は、本件車両の引渡しを受けていないから、本件立替払契約の約定(契約書の第八条)及び割賦販売法三〇条の四第一項により割賦金の支払を拒絶する。

5  (過失相殺)

本件売買契約は、2記載のとおり架空のものであるところ、原告は、本件売買契約に関連して作成されたオートローン契約書の記載から架空の取引であることが推認できるにもかかわらず、本件販売店に対し目的車両の存在・特定について何ら確認の手段を講ずることなく、本件立替払契約を実行したものである。右は通商産業省産業政策局昭和五八年三月一一日付通知「個品割賦購入あっせん契約に関する消費者トラブルの防止について」の趣旨に反するものであって、公平の理念、過失相殺(民法四一八条)の類推適用により被告の債務額の減額がされるべきものである。右により被告の債務額は、多くとも一六八万二三〇〇円(太田が交付を受けた三五〇万円から同人が支払った一八一万七七〇〇円を差し引いた金額)を上回ることはない。

四  被告の主張に対する認否

全部争う。

本件売買契約と本件立替払契約とは法的に独立しているので、前者の効力は後者に影響しない。

また、被告は、太田及び南原らと共謀して原告を騙したものであり、信義則上も救済すべき事情はない。なお、車の登録番号等は、契約が終了し、車が納入された後に連絡されることになる。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件立替払契約の成否について

1  〈書証番号略〉及び被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告の高校時代の友人であった太田は、その知人の南原と共に、被告を購入者、本件販売店を売主とする架空の自動車売買契約を作出し、それについて原告から自動車販売代金名下に金銭の融資を得ることを計画した。

(二)  被告は、平成三年五、六月頃、太田から、自動車購入について被告の名義を貸して欲しい旨の依頼を受けたが、一旦は断った。

(三)  太田と南原は、被告の右拒否にもかかわらず、(一)の計画を進めたところ、事情を知らない原告から融資が受けられることとなった。そこで、太田は、平成三年六月末頃「被告の主張」1後段のとおり被告に懇請し、被告は名義貸しを承諾した。そして、その前後に、太田と南原が、被告の署名と捺印をしたオートローン契約書(〈書証番号略〉)を作成し、原告に交付した。

(四)  太田が被告の承諾を得た翌日の同年七月二日、原告から被告に対し電話によるいわゆる本人確認がされ、被告は、原告に対し、本件金銭消費貸借及び本件保証委託契約上の債務を負担する旨を述べた。

(五)  そして、融資会社から融資金を代理受領した原告が本件販売店に五一〇万円を入金し、内金三五〇万円が、平成三年七月頃、南原から太田に交付された。

2  右1の事実によれば、被告は太田を自己の補助者して融資会社と請求原因1の本件金銭消費貸借契約及び本件保証委託契約(本件立替払契約)を締結し、これに基づき融資が実行されたと認められる。

3  請求原因3の期限の利益の喪失に関する事実は、〈書証番号略〉によって認められる。

二被告の主張について

1 被告は、「被告の主張」1ないし3において、本件売買契約は、目的車両等が存在しない架空取引であり、また、被告には本件車両の購入意思がなく被告と本件販売店との通謀虚偽表示によるものであるから、無効であるとし、その本件売買契約と一体不可分の関係にある本件立替払契約もまた無効であると主張する。しかし、前述のとおり、本件においては、被告が本件販売店に代金を支払ったのに売買の対象である本件車両が購入者とされる被告に引き渡されないということではない。代金名下の融資金の約七割に相当する三五〇万円が本件販売店を経由して被告の友人の太田の許へ渡り、かつ、そのことは名義貸しをした被告の承認し、ある意味でその意向に沿った結果である。残金一六〇万円は南原又はその関係者に渡ったものと推認されるが、そのことも名義貸しをした被告の予想の範囲内のことである。このように、本件は、担保のない者が、売買代金融資名下に金銭を借り受けようとしたものであり、仮装の売買は、本件立替払契約を成立させるための手段であったものである。その結果、購入者名下に被告ないし名義借人が利益を受け、本件販売店は何らの利益も不利益も受けてはおらず(仮に、車両を引き渡したとすれば、代金が支払われていない分だけ不利益を受けていることになる。)、原告は、保証による支出を余儀なくされたものである。このような場合、売買契約は存在しないというべきであるが、それ故に交付された金員の返還の問題を、本件立替払契約の無効を前提にして不当利得返還請求で処理するのは適当ではなく、本件立替払契約を有効とし、その求償権の行使により交付金員の返還請求を許すことが被害者である原告の救済の見地から相当というべきである。

2 また、被告は、「被告の主張」4において、支払停止の特約条項及び割賦販売法三〇条の四に基づく支払拒絶を主張する。

ところで、前掲〈書証番号略〉によれば、本件取引の形態は、購入者が信販会社のあっせんにより、その提携金融機関から商品代金相当額を借り入れ、信販会社が、購入者の委託により右借入金債務を保証し、さらに、証票等を利用することなく、特定の販売業者が行う購入者への指定商品の販売を条件として、その代金相当額を当該販売業者に交付し、当該購入者から二月以上の期間にわたり、かつ三回以上に分割して当該金額を受領するものと認められるから、本件取引は、割賦販売法二条三項二号に定めるいわゆる個品割賦購入あっせんの形を借りたものと解される。そして、購入者が販売業者に対して生じている事由をもってあっせん業者に対抗することができる旨を定めた割賦販売法三〇条の四第一項の規定は、個品割賦購入あっせんに適用されるものではあるが、同条による抗弁事由は無制限ではなく、購入者に背信的な行為がある場合には、抗弁事由には当たらないと解される。したがって、被告にそのような背信的事情のある本件においては、被告は本件立替払契約の無効を主張することはできない。また、本件立替払契約の約定に基づく支払停止は、1の事情にある本件には適用されないことは明らかである。

3  被告は、「被告の主張」5において過失相殺を主張する。本件は、不法行為に基づく損害賠償請求と構成することもできる事案であるので、過失相殺の法理の類推適用があると解されるが、1のとおり、被告に太田らとの共同による欺罔があるのであり、これに気付かなかった原告に落度があるとまでは認められない。原告が融資会社から代理受領して本件販売店に交付した本件車両の売買代金が太田らに交付されていることから見て、本件販売店の関係者の中に、被告・太田・南原に通じる者がいたと推認されるところであり、原告が本件販売店との連絡をより密にしていたとしても、本件の結果は防げなかったと推認されるから、原告に過失があったとまではいえないのである。よって、右の過失相殺の主張も認められない。

4  したがって、被告の主張はいずれも理由がない。

三結論

以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官岡光民雄)

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